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2011年5月 3日 (火)

ビンラディンの死に対する日米の反応について

昼前、オサマ・ビンラディン死亡のニュースが突然流れた。米国がついに本当に居場所を突き止めて殺害したのだという。

これに対し、米国の市民からは当然のごとく歓喜の声が上がった。一方、9・11の日本人遺族は「できれば逮捕して真実を語らせてほしかった」「生きて捕まえ、裁判で真相を究明してほしかった」などと複雑な反応を見せている。ここに僕は、災害対応にも現れた日米の気質の違いが表れているように思う。今回の震災後、海外からは危機的事態に見舞われても礼儀正しさや思いやりを忘れない日本人の態度に驚きの声が上がった。確かにこれが米国で起きていたら、商店やガソリンスタンドに粛々と並ぶようなことはなかったのではないか。この集団主義と個人主義、内向性と激昂性の差異が、先ほどのビンラディン殺害への反応の違いを説明するものともなりそうだ。

思えば、かつてこちらの記事でも書いたとおり(http://sake-kinoko-monokaki.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-ae06.html)、原爆を落とされてもアメリカに憎しみを抱かなかったころから、日本人にその気質は醸成されていたのだ。僕の好きなフォークシンガーに沢田聖子さんという人がいるが、彼女が9・11を受けて遺族の感情を唄った『息子からの伝言』という歌に、「深い憎しみが同じ憎しみを生むだけならば、永遠に何も変われない」という一節がある。この気持ちこそが今の世界に必要なのだと心底感じる。報復の連鎖は悲しみの連鎖をもたらすだけで、だれも幸せにはしない。

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