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2011年3月18日 (金)

世の中があまりにも大きく変わってしまった

一週間前の今日、東北関東大地震が起きた。

その規模は、明治以来、観測史上最大とされるマグニチュード9.0。最大震度は7。震源が太平洋沖だったため、東北から関東にかけての沿岸に、場所によっては十数メートルと言われる津波も襲った。いくつもの町が丸ごと壊滅し、水が引いたあとには大火も起きた。遠く離れた市原でもコンビナートで爆発が起き、2、3日燃えつづけた。死者は全体でおそらく1万人以上になるものと予想されている。かろうじて生き延びた被災者も、余震の恐怖に怯えながら、燃料も食料も医薬品も届かぬなか、非常に厳しい生活を送っている。

そこへ、福島第一原発の事故である。運転していた3基は緊急停止したが、津波で水をかぶった緊急用電源が動かず、冷却装置が働かなかった。炉内に滞留した水が燃料棒の発熱で沸騰し、発生した水蒸気や、それが露出した燃料棒のジルコニウムと反応して生じた水素によって内圧が危険なレベルまで上がったため、窮余の策で放射能を帯びた内気の放出に踏み切ったが、水素が空気中の酸素と反応して爆発を起こして建屋などが大破。さらに休止中だった4号炉まで、燃料棒保管プールの水量減によって水素爆発をおこした。結果、チェルノブイリ以来と言われる最悪の放射能汚染が生じ、周辺住民は避難したが、事態は収拾のメドが立っておらず、今も予断を許さない状況にある。

原発停止による電力不足により、関東では14日から計画停電(輪番停電)も始まった。スーパーや電器店では水や保存食や電池のみならず、米やパン、トイレットペーパーやティッシュ、卵、豆腐に納豆まで売り切れた。明らかに、地震・原発パニックが引き起こした見境なき買いだめである。

以上、今の人にはわかりきった話だが、のちのための備忘録として事態をまとめておいた。

それにしても、長いのか短いのかわからない一週間だった。途中で長野や静岡を震源とする震度6級の地震もあったり、刻一刻と悪化する原発の状況が気になったりして、心も体も休まらず、それでいて仕事もしなければという気持ちが空回りして、結局ほとんど仕事になっていない。やばい。だがもう、こんな現実とは思えないほどの大災害を前にして、自分の仕事の意味を見失ってしまい、まるでやる気が出てこない。それでもやらなければならないのだろう。

世間の趨勢もいろいろ変わった。震災当初は、未曾有の規模の悲惨な事態にもかかわらず、暴動も起きずに粛々と指示に従って助け合う日本人に、海外からも称賛と驚きの声が上がった。だがやがて、被災地での物資の不足や関東での停電が起きると、買いだめに対する非難、東電への批判、原発の放射能がもたらしうる健康被害をめぐる意見の対立、自粛ムードの強制など、ネガティブな反応も表面化してきた。

ひとつひとつにコメントする余裕がないので、一点だけ、あまり言われてなさそうな指摘をしておこう。ツイッターでよく、電力需給逼迫のさなかにパチンコ屋を開店しておくとは何事かというつぶやきを目にする。僕も相当電力を食いそうだからまずいとは思うけれど、すべてのパチンコ屋を閉店しろとまでは言えない。パチンコ屋だって商売なのだから、仕事ができなければ収入が入らず、従業員も食べていけなくなるだろう。閉店ではなく、派手な照明を消し、台数も半分だけ稼働するなど、節電モードで開店するとかの手はないだろうか? 危険なのは、災害という非常事態により、被災者支援や生活確保に直接結びつかない仕事が排斥されてしまうということだ。その理屈なら、書籍の翻訳などという僕の仕事も当然矛先が向けられてしまうだろう。それは自分でも少し思ってしまうから、現に仕事の意味を見失っているわけだが。けれども、人は生活に最低限必要なものだけで生きているのではない。どんなに厳しい生活でも、娯楽は必要だし、将来を考えれば、教育や啓蒙もきっと必要な仕事のはずだ。そうは言いながら、あまりにも急激に平和な生活が崩れてしまったものだから、なかなか自分を納得させることができていない。しばらくはつらい気持ちを抱えながら、無理に気持ちを奮い立たせて仕事をすることになりそうだ。

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