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2010年9月

2010年9月29日 (水)

きのこキットと天然きのこの日

昼ごろ、宅急便でM社のゲラが届く。ずっしりと重い。紙の束が厚み10センチぐらいある!……と思ったら再校+朱入り初校+控えだった。しかし邦訳で440ページは決して楽ではない。

やれやれ、と思ってると、また宅配便。今度はゆうパックだ。なんだろうと思ったら、なんと椎茸栽培キット。

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生徒のSさんからだ。去年ホームセンターで買ったのが何サイクルも収穫できたとおっしゃっていたのを思い出した。羨ましがっていた僕のために今年はわざわざ送って下さったのか。ほんと恐縮です。さっそく開封して浅めのタッパーに水を入れて浸しました。10日で収穫できるというので楽しみ。もうすでに小ぶりなものはできています。

夕方、買い物ついでにタマゴタケポイントへ行ってみたら、タマゴタケの卵ちゃんが見つかった。先日の観察結果から、明日かあさってには立派に成体となっているはずだ。

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ふと近くを見わたすと、テングタケの仲間っぽい連中もわさわさ出ている。幼菌と若い個体は緑がかったきれいな黄色で、一部傘にイボがついている。年老いてくると樺色がかり、ついには中央だけ赤茶色で周囲は白く色が抜けてしまう。柄はささくれがあるが、ツバも鞘状のツボもない。なんでしょね?

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そのほかにもめんどくさくて同定してないものがいろいろあったので、写真だけ以下羅列しておきます。おわかりのものがありましたらご教示ください。

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それと、これはアカキツネガサかな?↓

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あと、すべすべして何か気品あふれる大型菌もあった。なんだろこれ?

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最後に、ノウタケの幼菌らしきもの。

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おまけ。ナナホシテントウを流し撮りしてみました。だってすごく駆け足で歩いてたんだもん。ちょっとスピード感あるでしょ? いや、単なる手ぶれ写真にしか見えないか。

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2010年9月23日 (木)

知人の個展を見に行く

会社時代の先輩で京都在住のHさんの奥様Mさんが東京で個展を開くというので、見に行ってきた。

Mさんと会うのはもう十数年ぶり。会社にいた当時、不良社員だった僕が社外活動でグルメ仲間として親しくさせていただいた方だ。Hさんとも会いたかったのだが、今回は来られなかったとのことで残念。ともあれMさん、絵心のある方で、メルヘンな雰囲気の絵を描いたり、ご自分でストーリーも考えて絵本を作ったりもされている。4年ほど前から個展を開くようになって、今回で3回目(初回は京都、2回目は大阪)。そのほかにも、今年の春にはやはり都内で絵葉書などの展示もなさっていた。

今回、初めてまとまった作品を見せていただいたのだが、先述の絵や絵本、絵葉書のほか、立体造形とのコラボもあって面白かった。立体というのは主に中に綿を詰めて作った人物や動物なのだが、そのデフォルメの具合がある種独特で、とんがってるのに優しい丸みを帯びてる。お菓子の「おっとっと」にちょっと似た雰囲気だ。それに古着のボタンをウサギのしっぽとしてつけたり、髪飾りにエスニック雑貨で見つけた飾りをぶらさげたりしている。

あるいは、絵も、たとえば不思議の国のアリスの世界を描きながら、背景に日本の提灯お化けみたいなものを配置したり、微妙にずれた童話世界が、知ってるのに知らない奇妙なもどかしさ、とらえどころのない既視感をおぼえさせる。ちょっと不思議な感覚だった。

10/2まで開催中なので、興味のあるかたはこちらへ↓

http://popotame.m78.com/shop/

観覧後、京都へ帰るMさんと池袋で食事。事前に蕎麦かイタリアンとの希望を伺っていたので、土地勘のない僕は友人に店を教えてもらっていた。今日の希望は蕎麦ということで、駅近くの高田屋という店へ。半分居酒屋の雰囲気だが、蕎麦、そばがきとも美味しかった。教えてくれたY氏、ありがとう。7時までに入ったから生ビールも半額で飲めた。ラッキー。

同日に大学時代のサークル仲間の飲み会(関西へ行く仲間の壮行会)もあったのだが、そちらはパス。ごめん、O氏。

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2010年9月21日 (火)

ノウタケにも性格の違いがある

昼間はまだ暑いですが、もう赤とんぼの季節です。子どものころは広場を集団で飛びまわっていたものですが、今ではなぜかあまり見かけなくなりましたね。

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三連休もみっちり仕事をして、なんとか来月きのこ狩りに行けるよう、必死にがんばっています。そんななか、昼食がてら仕事をしたF公園で、またノウタケを見つけました。最初に見つけたのは、大きくメの字の切れ込みの入ったやくざなノウタケ。そばに子分も従えています。

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お次は、裸電球のようにつるりと端正な姿のノウタケ。

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どちらも小ぶりなもので、やくざさんのほうは根元近くが軟化しだしていたので、電球さんのほうだけ持ち帰りました。晩ご飯は、これにもやしとナスとマイタケ(購入品)とミニトマトとウインナーとニンニクの芽を混ぜてバター炒めにしました。スポンジにバターがしみて、甘みが出ておいしかったです。

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なんか珍しく「ですます」調で通してしまったら、ちょっとおっとりしてしまいました。

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2010年9月13日 (月)

ground zeroという言葉の重み

先日、朝日新聞にこんな記事が載った。

http://www.asahi.com/national/update/0906/OSK201009060072.html

「広島の被爆ピアノNYへ 爆心地結び9・11コンサート」と題して、被爆2世らが9・11の現地で平和を願う活動をしようとしているというものだが、なにか微妙な違和感をおぼえた。

本文中にもあるとおり、同時多発テロの中心となったWTC跡地は、よく原爆の爆心地になぞらえて「グラウンド・ゼロ」と呼ばれる。だが、少なからぬ日本人が、この類比に憤りを感じている。原爆の恐ろしさは桁が違う、彼らは本当の恐ろしさを知らなすぎる、無神経だ、などと言って。

僕自身、人が死ぬことに数の大小で差をつけるのはいけないことだと思うが、自分たちのしたことへの反省もないまま(かの国では今も原爆投下は戦争終結に必要な処置だったと教えられている)、それを連想させる言葉をあえて選ぶという行為に、いかにもあの国らしいダブルスタンダードを感じてしまうのは確かだ。

それに対し、今度は被害者側自身があえてその類比にかこつけて平和のきずなを結ぼうとしているわけで、僕はかなり戸惑ってしまった。ただまあ、結果的に世界平和につながるのであれば、言葉の選択の問題など些末なことなのだろう。しかし、米国側がこの運動をどうとらえるかが問題だ。あくまでテロ被害者を追悼し、そんなことが起きない世の中にしたいと願っているだけで、日本の人も一緒になってくれてうれしいと思っているだけなら、悲しい。自分たちの被害者意識だけで、日本の被害者への想像が及ばないとしたら、この活動は単に日本のお人好しな(一方的な)共感というだけで終わってしまうのではないか。

今日、実際に開かれたコンサートについても報道されている↓

http://www.asahi.com/national/update/0913/TKY201009130098.html

このなかで、「昨年12月に広島・長崎を訪問したというアデル・オーリーガンさん(52)は、「テロ9年のこの日、この地で、被爆ピアノを通して平和の大切さと相互理解の理念を共有することはとっても素晴らしいこと」。 」とあり、米国側で受け入れたなかに、広島・長崎を訪れた人がいるのは救いだ。相互理解という言葉が、9・11を超えた意味のものであることを切に願いたい。

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2010年9月 7日 (火)

9月になったんだな~

連日、夕立も降らぬ猛暑が続いているが、今日はかなり風があって、空にも高い秋の雲が浮かんでいた。夜は、久しぶりにエアコンを切って窓を開けると、心地よい夜風が頬を撫でる。けれど、この夜風の運ぶ青々とした草のにおいを嗅ぎ、いくつもの鈴の音を奏でる秋の虫のさえずりを耳にすると、胸の中ががらんどうになったような虚しさともの悲しさもおぼえる。

今年も夏、終わっちゃったんだなあ。(仕事しかしなかったorz)

感傷に浸っている暇はないかもしれないけれど、せめて夏の終わりに、あの閉園前の遊園地にいるようなゆったりした焦燥感をじんわり味わうだけの感性は、持ち合わせていたい。

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