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2010年1月24日 (日)

2010年問題

今日の朝日新聞に、「ネット暗号に2010年問題」と題した記事が載った。webにはまだアップされていないのでリンクを張れないが、簡単に言うと、近年の暗号解読のスピードアップによって、現在強固とされる電子署名などの暗号も危険性が増しており、次世代規格への移行が急がれているという内容。

ここ最近、「世界の8割の携帯で使用されている暗号方式の解読に成功した」とか、「巨大な素数の因数分解を個人が複数のパソコンを使用するだけで従来のスパコン並みのスピードで解いた」といったニュースが流れていたから、今さら指摘するまでもない問題かもしれないが、この問題は解読の危険だけにとどまらない気もする。まず、記事にもあったが、より複雑な暗号規格へ移行すれば一時的に危険を回避できるはずなのは確かだが、個人情報を扱う官民の重要なシステムのすべてが可及的速やかに移行されるとはとうてい思えない。その場合、今でさえ7&iなど大手企業での顧客情報漏洩が散見される状況がさらに悪化し、消費者はどこを信じてよいのか疑心暗鬼になるおそれがある。

今でも僕自身、ネット決済はつい二の足を踏むし、携帯でスイカなどの決済をするなんて怖くてできない。読み取り装置さえあれば、通りすがりに携帯から勝手に払わされてしまうのではないだろうか。

さらに、現在のネットの危険はこうした暗号破りにとどまらない。ヤフーなど大手のサイトがハッキングされ、ウイルスを埋め込まれたり、反体制組織のプロパガンダに利用されたりするケースも増えており、ひょっとするといずれ大規模な攻撃によってインターネットのシステムそのものがフリーズしてしまうような事態も起こりうるのではないかと思っている。そうなると今では社会のインフラが崩壊する危険もあるだろう。送電網がストップしたりするのではと危惧された(が杞憂だった)2000年問題の再来とも言える。今では2000年当時よりはるかにネットへの依存が増しているから、Y2K問題以上に問題は大きい。

そんなわけで、なんでも電子化へ向かう風潮に、僕はちょっと待ったと言いたい。確かに電子データにすれば、コンパクトに保管できるし、コピーや輸送も容易になるから便利だ。しかし、物の形がないので、なにかの事故でデータがだめになれば、存在した証拠はいっさい残らない。人類の知がすべて電子化され、なにかのきっかけで失われてしまったら、われわれの文明が滅びたあとに地球を訪れた者がいても、知の集積が伝わることはなく、電子化される以前の文化しか知られずに終わってしまうかもしれない。

そんな淋しい結末は嫌だから、紙の書籍をいっさいなくすような電子化には反対です。(結局そこかよ!)

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コメント

アニメの「サマーウォーズ」を思い出します。
でも、電子化の流れは阻止はできないでしょうし、あとはいかにリスクの回避手段を確保しておくかの問題ではないでしょうか?暗号関係はど素人なのでこれ以上のことはわかりませんが。残念ながら紙媒体メインへの流れはもう無理ではないかと。

投稿: ふく | 2010年1月25日 (月) 12時14分

電子化はいいとして、依存しすぎるのは危険だと思っています。リスクの回避がバックアップなど結局電子化そのものは変わらないようだとまずいのではないかと。現状では、超大規模な太陽面現象でも電子機器壊滅の可能性がなきにしもあらずとかいう話もあったような。

投稿: むらさきしめじ | 2010年1月25日 (月) 12時57分

重要な情報はプリントアウトして取っておくという、アナクロ・アナログな私は、ある意味、正しいリスク回避なのかな?いや、これは冗談ですが。

投稿: ふく | 2010年1月25日 (月) 16時42分

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