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2009年12月18日 (金)

動的平衡

車の修理がきっかけでこのところヤマトだらけの痛いブログと化しているが、ふと思った。

最近、福岡伸一さんが書かれた『動的平衡』という本が話題になっている。この動的平衡とは、生物がつねにみずからの細胞を更新しながら、つまり細胞が死んでは生まれて入れ替わりながら生きているということで、もとの実体がやがては残らず入れ替わってまったく別の中身になってもわれわれは同じ自分の存在を認識しているという不思議さを浮かび上がらせてくれた。デカルトの自我への疑問に対するひとつの生物学的解答と言ってもいいかもしれない。

そこでその考えから行くと、戦いで傷つきながらつねに修理を繰り返して航海するヤマトは、動的平衡を保っていると言えるのではないだろうか。するとこれはひとつの生命だ。艦に命が宿っているというのは本当だったのではないか。いやしかし、生物の動的平衡の場合は「みずからの力で」補修をするのに対し、ヤマトの場合は乗組員が補修するという違いがある。とはいえヤマトを乗組員まで含めた総体としてとらえるなら、自己補修をおこなっていることになり、生命の定義は成り立つかもしれない。

なんてくだらないことを考えてしまう金曜の午後。

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コメント

第三艦橋に自我があったらどういうことになるのだろうか
と考えざるを得ません。

投稿: マサ | 2009年12月19日 (土) 17時59分

おお、マサさんですか。コメントありがとうございます。
うう、第三艦橋たしかにかわいそう。昔、同輩のKと、ヤマトで不祥事をやらかしたときの懲罰として「第三艦橋任務を命ず」ってなるんじゃないかとか言ってたのを思い出しました。
しかし第三艦橋はひょっとしたらヤマトにとっての盲腸なのかもww

投稿: むらさきしめじ | 2009年12月19日 (土) 18時49分

宮沢賢治の「春と修羅」の序文を思い出します。

投稿: ふく | 2010年1月11日 (月) 13時35分

「春と修羅」、はずかしながら読んだことないのですが、そうなんですか。機会があったら読んでみようとおもいます。

投稿: むらさきしめじ | 2010年1月11日 (月) 22時44分

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