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2008年11月29日 (土)

『サバイバー』(吉井妙子著)読書感想

風邪は薬でおさえられ、昨日の講義もなんとか行けた。ここで酒を飲むとぶり返すのかなあ。

ところで、少しずつ読んでいた、吉井妙子さんというスポーツジャーナリストが書いた『サバイバー:名将アリー・セリンジャーと日本バレーボールの悲劇』(講談社)というノンフィクションを、ようやく読み終えた。憤慨と情けなさで手が震えた。

セリンジャー氏といえば、バレーボールファンなら日本でもダイエーや東北パイオニアに黄金時代を築いた名監督として知っている人も多いと思う。イスラエル出身で選手としても活躍したが、日本やロシアがバレー帝国として君臨していたころに、身体能力は高いのに下位に低迷していたアメリカ女子を数年でトップレベルに導き、ロス五輪で銀メダルをとったあとは、巨人揃いなのに弱小だったオランダ男子をまたしても5年で五輪銀メダルへ導いた。

そんな奇跡をなしとげる神様とも称されていた人が、日本でも実業団リーグで文句なしの成績を残しながら、なぜ全日本監督になれなかったのか。その理由を語るのに、彼のホロコースト体験から書きはじめなければならなかったわけは、本書を最後まで読めばわかる。まずもってセリンジャー氏がナチのベルゲン・ベルゼン収容所の生き残りだったという点に驚かされたし、それとバレーボールの話を同じ本に盛り込むのはテーマが分散して無理があるのではないかとはじめは思ったが、両者が大いにリンクしていることに途中で気づかされる。

バレーボールに対しての姿勢の厳しさや輝かしい成功の数々のもとに、一瞬の油断もならない幼少期の収容所体験がかかわっていたこともわかるが、なにより収容所の悲惨さは『夜と霧』以上に自分にはインパクトがあった。年端もいかぬ子どもがこんな状況に追い込まれたことが、余計につらく思えたからかもしれない。

しかしそのうえ打ちのめされたのは、そんなセリンジャー氏がかつてナチと同盟を組んでいた日本が好きになって、翳りの差した日本バレーを復活させたいと心から願っていたのに、それまでの日本の常識からはずれた育成計画を主張する外国人という理由で、かつての栄光になおあぐらをかいている裸の王様のような日本バレーボール協会(JVA)から排除されつづけ、ついに一昨年、15年もの長きにわたり指導を続けた日本をあとにしたという話である。彼の心に残った虚しさはいかばかりかと痛ましく思うと同時に、以前から話には出ていたJVAの旧弊な体質がここまでひどいものなのかと、かつて中高大学とバレーボールを続けて間接的に関わっていた自分も情けなく思った。

不思議なのは、こんなに理不尽で恩知らずな対応を指弾する内容の本なのに、僕の知るかぎり書評やスポーツ記事において大々的に取り上げられているのを見たことがないところだ。マスコミは黙殺しているのか? それともバレーボールがそこまで国民的関心の薄いスポーツになってしまっているのか? だがフジテレビなどで全日本の試合がゴールデンタイムで流され(これは多額の費用を協会に貢いでいるフジの宣伝効果も大きいようだが)、その視聴率が高いことを考えると、後者の可能性は考えにくい。けれども、試合に関心はあっても、勝つための戦術を素人が独自に論じ合うような、野球やサッカーほど平均的なファンのレベルが成熟していないのかもしれない。

現状のJVAに変化の兆しがまったく感じられないことを思うと、本当にやるせなくなるし、今後の全日本を真剣に応援する気にもなれない。たとえばセリンジャー氏の寵児だった吉原知子さんに女子の監督になってもらうとか、それぐらいの変化があってほしいものだ。それにしても、セリンジャー氏には、日本人として本当に申し訳ない。

追記:こんなときのためのamazonアフィリエイトなのに忘れていた。本作はこれ↓

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